アート哲学・糸崎公朗blog3.2

写真家・美術家の糸崎公朗がアートと哲学について語ります

捕食者と擬態

○擬態とは、昆虫ではなく昆虫の捕食者が作り上げているのです。鳥類の高度な識別能力が、自分が補食する昆虫類を、見つけにくい姿に擬態するように仕向けているのです。

視覚が発達した恐竜の出現によって、昆虫類のデザインは劇的に変化したはずです。生物進化において、見ることは、見る対象物を隠蔽するよう作用します。

生物の擬態は、眼球の「盲点」の作用に似ています。眼球の網膜上には、神経束に当たる部分に「盲点」と言われる見えない領域があります。しかし通常われわれはこの見えない領域=盲点を意識することはありません。それは盲点の周辺情報により補完が行われているからです。昆虫の擬態も同じです。

昆虫は、周囲の環境に似せて擬態しているのではありません。昆虫の視覚にそれだけの識別能力はないのです。昆虫の体表には、捕食者の「網膜像」が映し出されているのです。網膜像の盲点を補完する同じメカニズムによって、昆虫の体表にその周囲の網膜像が映し出され、その姿が隠されるのです。

捕食者の能力によってその餌が擬態によって隠されることで、一種の「ゲーム」が生じます。このゲームによって「生態系」が生じるのです。

正確な一点透視図法は、一点透視的視点からは生じません。一点透視を対象化するもう一つの視点によって、一点透視が作図として方法化されるのです。絵画の玄人と素人の差はそこにあります。

素朴な人の視点は自らの一点透視のみで、他人の視点が多数存在することが理解できません。他人の視点が多数存在することを理解することで、正確な一点透視図法は作図されます。

一点透視の否定によって、一点透視図法が成立します。一点透視図法に従えば、誰でも正確な一点通しが作図できます。一点透視図法は科学的方法論であり、つまり科学は、主観的な一点透視の否定によって成立するのです。

改めて考えると、絵画は本質的には本物(モチーフ)の複製なのす。ルネッサンス期に確立した遠近画法は、本物の複製をより正確かつ精密に行う技術で、そのココロは「写真」にも受け継がれています。

例えば、遠近法を知らない子供たちに同じ石膏像を描かせると、それぞれに異なった個性的な石膏像の絵が出来上がります。しかし、遠近法をマスターした美大生が石膏デッサンをすると、皆一様に無個性な「うまいデッサン」になります。遠近法とは科学的手法であり、科学とはある意味で複製技術なのです。

科学とは、科学的方法論にきちんと従えば、どこの誰でも同じ結果が得られことがその定義の一つです。その意味で、科学とは複製技術だと言えます。現代の複製技術、量産技術は、科学技術の産物です。複製としての科学技術の源の一つは、対象物を複製する絵画技術にあります。