アート哲学・糸崎公朗blog3.2

写真家・美術家の糸崎公朗がアートと哲学について語ります

世界はあらかじめ存在する

世界は誰にとってもあらかじめ存在する、と言うことは考えてみればスゴイことで、これを「当たり前」と片付けてしまっては、前に進むことなく地面にめり込んだままです。

現存する写真家にとって「写真」と言うものは、自分が生まれる以前にあらかじめ存在していたものです。あらゆる写真家は、あらかじめ存在している写真家の真似をすることで、写真家であるのです。写真家とはあらかじめ存在する写真家の模倣者であり、それが定義の一つです。

写真家の最初はニエプス、ダゲールですが、彼らは先行する絵画の模倣者なのです。つまり細密で真に迫った写実画を、より確実簡単に模倣する方法が写真術なのです。絵画と写真とは地続きで、模倣の連鎖の内にあります。

いやそもそも、人間の定義の一つが、人間の模倣者です。人間とは人間の模倣者です。サルやカラスがどれだけ利口でも、人間の模倣をしきれない限り「人間」とは見做されません。例えばサルが言葉を喋ったら倫理的、理性的には人間だと認めるべきだと思います。肌の色による人種差別をしてはならないのと原理は同じです。

人間は教育によって「人間」になります。赤ん坊をちゃんと教育しないとかなり悲惨なことになりかねません。

社会人とは社会人の模倣者です。社会人の模倣をせず、犯罪を犯す者は犯罪者と呼ばれます。