アート哲学・糸崎公朗blog3.2

写真家・美術家の糸崎公朗がアートと哲学について語ります

現象と好き嫌い

理想と現実とのギャップ、そこに現象学的世界が立ち現れます。

現象は、理想と現実のギャップとして立ち現れます。

素人の目と専門家の目は異なります。素人の耳と専門家の耳、素人の舌と専門家の舌も違います。素人と玄人では一つには経験の量が異なり、見えている価値体系が異なります。いや、価値体系を有しているのが玄人であって、参照すべき体系がなく直接性により判断するのが素人だと言えます。

谷崎潤一郎によれば、例えば利酒の場での玄人どうしの価値評価は、不思議と一致するのだそうです。玄人の間ではものの良し悪しの意見が一致し、素人の間では好みがバラバラになります。玄人の価値体系は人類共通の歴史に根ざしており、素人の価値基準が「今、自分が」という直接性にあるからです。

素人の価値判断はおしなべて恣意的ですが、つまり価値判断の理由に必然性がなく、必然性のない理由により価値判断が拘束されるのです。対して玄人の価値判断は、歴史的必然による体系に根ざしています。

素人の場合、例えば自分が良いと思った作品、あるいは自分の好きな作品が、玄人からは「価値が低い」とみなされる事があります。自分の主観では疑いもなく「良い」と思え「好きだ」と言える作品が、専門家の評価から「素人騙し」「偽物」の烙印を押される事があるのです。このズレが問題です。

ここで有効なのが現象学です。ある作品を「良い」「好きだ」と思える自分にとって疑い得ない気持ち、これは「現象」として生じています。また、同じ作品を「価値が低い」と判断する専門家(自分以外の人間)が存在するという事実、これもまた「現象」として生じています。

あるいは、専門家の間で評価の高い美術作品が、自分にはちっとも良いとも価値があるとも思えない事も、素人にとってよくあります。現象学的に捉えると「自分にとって“良くない”と思う疑い得ない気持ち」と「専門家(自分以外の人間)が高く評価をしている事実」とが共に「現象」として生じてるのです