なぜ理系のエリートたちがオウムに入信したのか?

先日死刑が執行された元幹部をはじめ、理系のエリートたちがなぜオウムに入信し、凶悪犯罪に手を染めたのか?という疑問についてです。

これは、各自のウィキペディアを見て確認できるのですが、下記にオウムの科学系の元幹部、村井秀夫、遠藤誠一土谷正実、林郁夫、の経歴を短縮して書きだしてみました。

彼らは実は、もともと理系の優秀な人であったと同時に、科学を超えた精神世界や超能力に興味を持っていて、それで麻原彰晃の本に出会ってオウムに入信しているのです。

これは最近の私の「詐欺師の理論」の通りで、麻原はもともと「騙されやすい人」を引き込んだに過ぎないのです。

ですから疑い深い科学者を無理矢理洗脳して信者にしたわけではなく、もとよりそんなことは不可能であり、だから浅原は洗脳できない相手を殺害してしまったわけです。

オウムに入信したエリートたちは、精神世界に興味を持っていたとは言っても、入信前は「普通のいい人」であり、まさか自分が殺人をはじめとする凶悪犯罪に手を染めるなどとは思っておらず、そこに至る過程に「洗脳」があったわけで、その意味で多くの人にとって「他人事」だとは言えないと私は思うのです。

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村井秀夫

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/村井秀夫

子供の頃は内向的でSF少年であり、勉強は得意で体は丈夫という、テレビの影響で超能力や精神世界、仙道、ヨガなどに興味があり超人願望があったという。また、1972年に友人の兄がトラックへ飛び込み自殺する光景を目撃している。
「歩いて通えるから」という理由で大阪大学理学部物理学科にトップ合格しX線天文学を専攻。大阪大学大学院理学研究科修士課程修了、理学修士となる。
神戸製鋼に入社し金属加工の研究に携わるが、会社にも家庭にも生きがいを感じなかった。その頃、麻原彰晃の著書『生死を超える』『超能力秘密の開発法』などを読み、1987年4月、早速オウム大阪支部を訪れる。感銘を受けた村井は翌日に会社に辞表を提出し、オウム神仙の会に入信。

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遠藤誠一

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/遠藤誠一

母は世界救世教の信者。高校2年のとき愛犬が病気になったことから獣医を志し、帯広畜産大学獣医学科に進学したが、分子生物学に関心を持ち遺伝子工学の研究をはじめる。この頃、父を癌で亡くしたこと、獣医は飼い主の依頼があれば犬猫を毒殺することもあると知り、将来の目標を獣医から研究者に変えた。
1986年、京都大学大学院医学研究科博士課程に進学。
しかし「生命の本質は遺伝子なのか」という疑問が生まれ、魂の存在など精神世界に興味が向かうなか、麻原彰晃の著作『超能力秘密の開発法』に出会う。理系の人間として否定してきた神秘体験を経験したことで確信を持ち、1987年3月、宗教団体という認識は持たず入信。

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土谷正実

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/土谷正実

高校2年生の時にイオン化傾向に興味を抱いて化学を勉強し始め、学年トップになる。1984年に筑波大学第二学群農林学類へ進学。高校時代から憧れていたラグビー部に入部。しかし、早々に重傷を負い5月末には退部を余儀なくされて、自暴自棄に陥り酒浸りの生活を送る。漫画『ゴルゴ13』のワンシーンを思い出し「体を傷つければ心の痛みを忘れられる」と自ら胸を果物ナイフで40cm切りつけた。「肉体的苦痛により精神的苦痛が和らいだ」「この気持ちを合理的に説明するのは宗教だ」「新たな価値観を掲示する団体が登場したら所属しよう。それまでに得意な化学の能力をより伸ばしておこう」と考えた。
卒業後は同大学院化学研究科へ進学。指導した教授は「発想力豊かで、将来国際的な研究者になる」と高く評価した。博士課程に進んだがオウムにのめり込んで研究室へ顔を出さなくなり、1993年に正式に中退した。

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林郁夫

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/林郁夫_(オウム真理教)

幼少期から思いやりのある子といわれ、人助けがしたくて医師の道を選ぶ。慶應義塾大学医学部卒。
臨床医として癌などの死病の患者と接するうちに、現代医学や科学が乗り越えられない「死」に対して深く考えるようになる。
1977年、桐山靖雄の本に感化され、阿含宗の正式な信徒となり、約12年在籍したが、自身の修行の成果が出ないと悩んでいた。
1987年、書店で麻原彰晃の著書と出会う。信者のヨーガやツァンダリー、インドの伝統医学、オウム食などを用いた修行メニューによる具体的な成就記事などに強く衝撃を受け、しだいに傾倒していく。
1990年、妻子と共に一家4人で出家信者になり、全財産8000万円、車2台を布施として寄付した。