アート哲学・糸崎公朗blog3.2

写真家・美術家の糸崎公朗がアートと哲学について語ります

2016-08-01から1ヶ月間の記事一覧

第176回芸術分析塾ラカン 9月1日(木)

*彦坂尚嘉先生が塾長をつとめる「芸術分析塾ラカン」のお知らせです。私も18:00より写真史の授業をしますので、どうぞよろしくお願いします。12:00〜14:30 初期写真の名作3回目の、写真評論家の飯沢耕太郎さんの蔵書5000冊が有る写真食堂:…

才能と前提

私の言う「非人称芸術」は、「芸術は天才的才能の産物である」という定義が前提になっていたのだが、これは現在の私の中では否定されている。 確かに、この定義が実証されたような例が自分の身近で生じていたように思えたのだが、後で振り返ると自分が若い頃…

才能と成功

自分がいかに優れていようとも、それは自分のせいではなく、自分がいかに劣っていようとも、それは自分のせいではなく、人は奢る必要もなく、卑下する必要もないのです。 自分がどれだけ成功しようとも、それは自分のせいではなく、自分がどれだけ失敗しよう…

作品と切り取り

作品とは何か?と言えば作品に仕上げようという意識がなければ作品にはなり得ません。昨日はGoogleストリートビューで世界各地を旅してましたが、そこで見るパノラマ画像は「作品」という意識で作られたものではなく、なので明確に「作品」とは異なっていま…

中央と地方

「地方」においては、親も学校の先生も子供に勉強をさせようという気がなく、子供も押し並べてやる気がなく「中央」との格差が開いてしまう。そして例え地頭が良い子供でも、地方に生まれ育ってしまうと周囲に引っ張られ、結局は勉強しなくなってしまう。と…

理論とコピー

私は学生時代に自分の才能の無さをとことん思い知って、オリジナリティを追いかけることを放棄して、模倣に徹することにしたのです。しかしどう言うわけか、私が模倣をするとエラーが生じて別のものが出来上がり、それがいい塩梅に自分のオリジナリティにな…

距離と羨望

遅ればせながら『アナと雪の女王』をDVDで見て特にLet it go!の開放感に感動したのですが(笑)子どもの優れた能力を、世間体を気にした親が抑圧するのは良くあることです。自分の子供のみならず、一般に人は人の優れた能力を理解せず、それを否定し抑圧し…

自己と要求

西田幾多郎『善の研究』「第四編 宗教」の冒頭に「宗教的要求は自己に対する要求である」とありますが、実に奥が深いと言わざるをえません。 いったい我々は、日頃からいかなる要求を、自己自身に対してしているのでしょうか? 我々は他人に対してあれこれ要…

認識と成功体験

人は誰でも成功体験に囚われています。例えば「猫」を「猫」として認識する成功体験に囚われて、「猫」を「猫」としてしか認識しなくなり、その間違いを正したり、別の見方をする可能性を排除してしまうのです。 日常的な認識、自然的態度の認識とは、成功体…

食べ物エッセイ アイスクリーム

さて、今月も柳川編集長の同人誌『無文芸』のために食べものエッセイを書かなければならないのだが、特にテーマを決めずにだらだら書く練習をしてみようと思う。 いや本当はセブンイレブンについて書こうと思っていたのだが、そう思ってセブンプレミアムのソ…

第174回 芸術分析塾ラカン  8月4日(木)

いつも直前ですいません、第174回 芸術分析塾ラカン 8月4日(木)のお知らせです。 «««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««««« 2・3時限目:午後 13:00~17:30 恵比寿の「写真食堂めぐたま」にて食事と写真集鑑賞、そ…