アート哲学・糸崎公朗blog3.2

写真家・美術家の糸崎公朗がアートと哲学について語ります

構造主義とは何か?

●「構造主義とは何か?」と問われ、どう答えるべきでしょうか?構造主義の対義語は表層主義です。つまり「構造主義とは何か?」を表層主義的に説明する仕方があるのです。そして実際、そのように答えることを相手が望んでいる場合が大半なのです。

「糸崎さん、構造主義ってなんですか?」と友人に聞かれ「それはね…」と答えようとした途端にそっぽを向かれたことがあります。彼が私に求めていた答えは、もしかするとこうだったのかもしれません。「いや、ぼくもよくわからないんだよね…」

構造主義とは何か?」を表層主義的に説明することは簡単です。それは「構造主義とは何か?」についてすでに書かれた答えを引き写しすれば良いのです。では「構造主義とは何か?」を構造主義的に説明するとどうなるか?それは既にこのテキストでなされています。

そもそも「構造主義とは何か?」という問い自体が時代遅れでナンセンスなのです。時代はとうの昔に「ポスト構造主義」に移行し、それさえも乗り越えられようとしているのが現代の状況です。これが表層主義による模範解答の一つです。

●ところで人間はなぜ裸で、衣服を着るよに出来ているのでしょうか?それは擬態をするためです!

人間が言葉を使うのも、擬態のためです。

人間は、認識能力を高めるとともに、擬態の能力もより高めて来たのです。人間は、実に擬態が得意な生物なのです。皆がお互いに騙し合っているのです。

構造主義の対義語である表層主義とは、実に擬態の技術なのです。この擬態を見破る技術が、構造主義なのです。これに対して表層主義者たちがとった手段が、構造主義そのものへの擬態です。構造主義を表層主義的に語るとは、このことを意味します。

多くの人が擬態をしているのです。擬態は人間の持つ高い能力の一つです。だからこそ一方で、擬態を見破る能力も生じ、それこそが哲学ではないでしょうか。

芸術には擬態としての側面と、擬態を見破る哲学としての側面がある、とは考えられないでしょうか?