アート哲学・糸崎公朗blog3.2

写真家・美術家の糸崎公朗がアートと哲学について語ります

思想と哲学

思想と哲学の違い。思想とはいわゆる本能が壊れたとされる人間にとっての「行動プログラム」です。人はそれぞれ固有の環境に適応し、固有の行動プログラムを言語によって構築し、それが即ち思想です。哲学とは固有の思想を普遍化しようとする行為です。だからフッサールは科学を素朴だと非難したのです。

行動プログラムとしての思想を採用してる者にとって、思想は自明的で普遍的であるように信じられるのです。しかしこれは反省性を欠いた素朴で自然的な態度に過ぎません。反省を極限まで追求する志向が哲学で、反省を任意の震度にとどめるのが思想です。

思想は自然と身につくものであり、自然に身についた思想を反省することが哲学です。つまり芸術家の場合は、自然に身についた「芸術とは何か」を反省することで、哲学の枝葉としての「芸術とは何か」を構築しうるのです。

生きている中で自然に身についた思想を否定するのが哲学ではありません。思想を反省的にとらえる視点が哲学です。反省には否定も肯定も含まれます。自然的態度に反省はありません。あるいは自然的態度における反省は反省ではありません。反省がないことを反省するのが哲学的反省です。

自然に身についたものが思想です。ですから思想を反省するには「それが何であるか」についての情報を自覚的に収集する必要があります。さらに言えば「それが何であるか」がどのように現象しているかを広い視野で注意深く観察することです。自然的な思想において「それが何であるか」は自明に存在します。

私にとっての「芸術とは何か」は自然的に身についた思想です。これに対して反省する項目は二つです。一つは私の思想とは別に「芸術」と言われるものが一般にどのように「現象」しているか観察することです。もう一つは「私にとっての芸術」がどのような「現象」であったのかを分析することです。

定義上どのような思想も土着的なものです。しかし思想の内部からは、その思想の土着性を認識できません。レヴィストロースがサルトルに対して非難したのはこの事です。私も自らの思想の土着性を対象化する必要があります。