アート哲学・糸崎公朗blog3.2

写真家・美術家の糸崎公朗がアートと哲学について語ります

現象学と超能力

フッサール現象学の理念』を再読してるのですが、しばらくはこれを繰り返し繰り返し繰り返して読もうと思っています。この本もそうですが、哲学書は読んだ直後はある程度「哲学的思考」が出来るのですが、しばらく経つと日常的思考に戻ってしまい、それだけになってしまうのです。

ですので当面は『現象学の理念』を繰り返し読んで、ここに示されている「哲学的思考」を、自分の思考のスタンダードに出来るくらいにマスターしたいと思ったわけです。『現象学の理念』は200ページと薄い本で、その半分は解説や注ですから、何度も繰り返し読むには適しているのです。

とは言いながら内容は相当に難しく、最初に読んだときは全く分からず半分ほどで断念して、数年経ってもう一度読んだときは「何とか分かる」という感じでしたが、あらためてまた読むとけっきょく殆ど理解できてなかったと思うわけです。

なぜにこれほど難解なのかと言えば、「哲学的思考」とは「日常的思考」と全く異なり、つまり「言語」の使い方が全く異なるわけで、日常的思考のままこれを読んでもチンプンカンプンなのは当たり前なのです。それで理解できなくともとにかく繰り返し哲学書を読めば、そのうち徐々に哲学的思考に馴染んできて理解できるようになるのです

哲学者の中島義道先生は『哲学の教科書』を初めとする著作で「哲学は人生になんの役にも立たない」と主張されてます。ところがフッサール先生はそのようには言っておられない。私が理解したところによると、哲学を学び現象学をマスターすると人は人を超えてスーパーマンになれるのです!

フッサールによると現象学とは人間の日常的思考を超越した全く異なる思考、認識を提示するものであって、だからこれを体得して我が物とするならば、その人は人を超えた超人になることが出来る。或いは通常の能力を超えた超能力を得ることが出来るのです。

現象学をマスターすれば、『ドラゴンボール』のスーパーサイヤ人にもなれるし、『ジョジョの奇妙な冒険』の波紋使いにもなれるし、『スターウォーズ』のフォースを身に付けることが出来る。つまりそうしたファンタジーは実際の素地があって成立するのであり、実際に芯の意味での哲学者は超人なのです。

「認識」とは「力」です。高い認識力を身に付けた者は、それだけの「力」を得るのです。それが高空から地上を見下ろす猛禽類の意味なのです。人間の場合も同じで、高い認識力を得た者が権力を握っています。そしてフッサール現象学とは、人を「超人」にするほどのパワーを秘めた認識力であるのです。

フッサール現象学の理念』を10回読めばスーパーサイヤ人になれるし、100回読めば超スーパーサイヤ人になれる…と言うほど単純ではないですが、現象学は人に絶大なパワーをもたらすだけにその修得は困難を極め、長期間にわたる厳しい修行を必要とするのです。

私がフッサール現象学を修得して超人の超能力を得ようとするのは、それによって新たなアートを生み出そうとしてるからなのです。私は世阿弥の言う「時の花」つまり若者が特権的に備えるアートを生み出すパワーを失っているのです。ですから私はアーティストを続けるためのパワーを求めているのです。

パワー!無限のパワー!!

 

と叫んだのは『スターウォーズIIIシスの復讐』に出てきたシスの暗黒卿ことダース・シディアスでしたが、厳しい修行に耐えた者は絶大なパワーを得ることが出来る。そして世俗を完全に超越したパワーを得た者は、ソクラテスやキリストのように世間から疎まれ悪人とされる。

いや、私は悪人になるつもりはありませんし、現象学をマスターすると超人になれるというのも「たとえ」ですから、ベタな意味でそのようになれるわけでは当然のごとくありません(笑)