二つの世界と二つの正しさ

正しい答えは常に一つではなく二つある。なぜなら世界は二つに分かれているから。 つまり文明は必然的に二つの世界を作り出す。そこに二つの異なる正しさが生じる。 文明は必然的に支配者と被支配者、管理者と被管理者、強者と弱者、能動的な者と受動的な者…

才能論と予定説

マックス・ヴェーバーが示すカルヴァン派の「予定説」だが、理解のために自分に引き寄せて考えると、例えばアーティストは自分には「才能がある」と、すなわち「選ばれた人間」だと確信するためには実際に優れたと言える作品を作ってそれを証明しなければな…

覚悟と思想

高橋由一の自画像、改めて見るとクソのように下手くそで呆れるが、最近よく分かったのは絵が下手な人は「上手くなろう」という「覚悟」が無いこと。北斎にはその「覚悟」があって死の間際までそれを貫き落とした。由一は覚悟が全然なくて「素材」で誤魔化し…

王と常識

金持ちが金から金を生み出すように、知識から知識を生み出す人がいる。一方で貧乏人が金から金を生み出せないように、知識から知識を生み出せない人がいる。知識から知識が生まれないのは「常識」が邪魔をしているからである。 その人の中で「常識」が知識の…

ニーチェと資本主義

資本主義の「資本」とは単なるお金ではなく「お金を増やすためのお金」である。そして「お金を増やすお金」であるところの資本は金額が幾らでも良いと言うわけではなく、「一定程度以上の大きな額のお金」を指す。だから資本主義とは単なるお金主義ではなく…

ニーチェの言う「強者」の特徴

強者とは、過酷な自然環境を生き延びてきた原始的エリートの末裔である。その遺伝子は厳しい自然環境によって選別される。これに対し弱者とは、本来の自然環境では生きられない、文明成立後に発生した新しく選別された遺伝子を持つ種族である。 強者とは野生…

強者と和解

僧侶はただ一つの大きな危険を知っているだけである。すなわちそれは科学、ー原因と結果という健全な概念である。しかし科学は全体としては幸福な事情の元でのみ栄え、ー「認識する」ためには人は時間を、人は精神を、ありあまるほど持っていなければならな…

戦争と創造

文明は何を生み出したか?と言えば一つには大量の「非創造的なつまらない仕事」である。文明とは数々の「非創造的なつまらない仕事」によって成り立っている。それでは文明内において「相続的な面白い仕事」とは何か?ニーチェ的に言えばその筆頭は「戦争」…

前衛と責任

ニーチェを読みながらの続き。ニーチェやオルテガが言うように、現代は「奴隷」の世の中なのである。奴隷とは何か?それは奴隷の身分から解放されてもなお奴隷であろうとする人間、奴隷から解放されても貴族的な自由を謳歌せず、なおも誰かの奴隷になろうと…

信仰と保留

ニーチェ『反キリスト者』を引き続き読んでいるが、思った以上に難しくて難航している。この難しさは、もしかしてキリスト教そのものの難しさかもしれない。確かにキリスト教は、自分がクリスチャンでもなく、聖書は一応読みましたと言える程度の立場からは…

自分と興味

私達にとって、自己こそ見知らぬ者であらざるを得ない。私達が自らを理解することなどない、私達は自分を他人と間違えざるを得ないのだ。私達には「誰もが自分からもっとも遠い者である」という命題が永遠に当てはまるのだ。私達に自分については「認識者」…

強者と弱者

今読んでいるニーチェがなかなかに分かりにくいのだが、もう一度前提を確認しなければならない。それはニーチェははっきり述べてはいないようだが、ニーチェの言う「強者」と「弱者」の対立は「文明」に固有の問題で、なぜなら弱者は文明成立以前の自然環境…

戦争と幸福

ニーチェが教えてくれるのは、我々が見ている世界はことごとく「逆さま」であるということだが、実際に人間の網膜には重力に対して上下逆さまの像が写っているのであり(それは大判カメラのピントグラスを見ても分かる)それを脳内処理で補正しているのであ…

同情と文明

ニーチェの『反キリスト者』を読みながら書くが、同情とは何か?を考えると文明以前の原始生活において怪我人や病人に同情すると自分の命はもちろん群れ全体の存続が脅かされる危険がある。従って文明以前に「同情」は存在せず、「同情」によって文明が生じ…

理解とコピー

自分が理解したことは自分にしか理解できない。つまり、自分が理解したことを他人に理解させることはできない。同時に他人が理解したことは自分には理解できない。他人が理解したことを自分で理解するには、結局は自分で考えて自分なりに理解し直さなければ…

「超個体」と個人

大半の人間は「つまらない人生」を送る。なぜなら「面白い人生」は常に不安定で、予測不可能な危険に満ち、失敗や死の危険が伴い、自己決定に伴う責任がつきまとう。多くの人はそれらを極力避けようとするから結果として「つまらない人生」を送ることになる…

文明と前提

ようやくニーチェ『道徳の系譜学』を読み終えたが、これは非常に難しい本。そもそも初期仏教とユダヤ/キリスト教を真っ向から否定しており、これを読んですぐに「理解した」と言うような人は、それらの教えから感銘を受けた経験がない可能性があるので、信用…

「勝つための修行」と「戦わなくて済む方法」

引き続きニーチェを読みながら書いているが、天才とはニーチェよれば自分の能力をカテゴリーを超えて拡大しようとする意思のある者、そのための努力をする意思のある者、すなわち未知の領域を切り開く意思のある強者を指す。 文明は必然的に人間に精神病をも…

才能と境遇

人間社会は本質的に「病気」を抱えている。つまり「文明」とは、原始時代には病気でしまうような人間も、治療して保護して生かしている。私のように未熟児で生まれた子供も、保育器によって生き延びさせる。そのようにして文明は、必然的に「病的な者」「弱…

ニーチェ『道徳の系譜学』

遅ればせながらようやくニーチェが読めるようになったのだが、これは恐ろしい本! 『道徳の系譜学』第一論文の途中までしかまだ読んでいないのだが、戦慄すべき内容にあらためて驚いてしまう。こんな本が翻訳されて出版されるのだから、今の日本はつくづく「…

哲学と商売

良いものを売ろうと思ったら「売るスキル」を身に付けなければならない。つまりそれはどんな粗悪品でも人に「買いたい!」と思わせるスキルである。人は必ずしも「良いもの」が理解できるとは限らず、良いものを欲しがるとは限らない。だから良いものを売る…

意識と観念

人間の精神に「無意識」の領域があることを示したのはフロイトだが、無意識がない人間は存在するのか?これを反省的に考えると、私が美大時代に絵を描こうとしても描けなくて画家への道を断念したのは自分に「無意識」が存在しなかったからだと考えることが…

ブッダとフロイト

『ブッダのことば』(中村元訳/岩波文庫)再読したが、紀元前300年ごろに編纂された最古の仏典は、フロイトとそれを引き継いだラカンの精神分析と極めて内容が似ている。 ブッダは己の精神を「観察しろ」と説いているが、精神とは「欲望」であるとも説いてい…

仏教とファンクラブ

実は昨日、仕事で数年ぶりに浅草の浅草寺に行ったのですが、いま読み返してる最古の仏典『ブッダのことば』と比較して、世界観があまりに違いすぎて「これは何なんだろう?」と考え込んでしまったのでした。 ともかく、浅草寺は日本人はもちろん外国人観光客…

ブッダによるデカルト批判

古代インドの最古の仏典『ブッダのことば(スッタニパータ)』(中村元訳/岩波文庫)を読んでいたら、下記の一節があって驚いたのですが、 ====== 九一六 師(ブッダ)は答えた、「〈われは考えて、有る〉という〈迷わせる不当な思惟〉の根本をすべて制止せよ…

江戸時代に縄文文化はなかった

昨日は上野の東京国立博物館で『縄文展』を観ましたが、縄文文化とはなにか?ということをウィキペディアで確認すると、なんと江戸時代には文化はなかった! どういうことかと言えば、日本の縄文文化は明治になって来日したアメリカの博物学者エドワード・モ…

仏教とメディアリテラシー

仏教、と言ってもいろいろあるのですが、私が最近読み返してるのが『ブッダのことば』で、これは現存する最古の仏典で、キリストが生まれる300年も前に書かれたものです。 仏典とは何か?と言えば、仏教の開祖であるゴーダマ・ブッダは自分で本は書かないで…

麻原彰晃を評価した吉本隆明

吉本隆明は、戦後日本を代表する思想家などと言われてますが、私はこれまで一冊も読んでこなかったのでした。 ところが「吉本隆明が麻原彰晃を擁護していた」ことを小耳に挟み、改めて興味を持ってネット検索してみたのでした。 するとウィキペディアがヒッ…

文明と弱者

news.livedoor.com なかなかに過激な放送がNHKで放映されて、賛否両論のようです。 それで私の意見としましては、まず文明以前の原始時代の人類は、過酷な自然環境の中を生きていて、だから障害者どころか少しでも弱い人間はバタバタと死んで行き、だから人…

ハンムラビ法典と伊東乾批判

アエラの記事ですが読んでる途中、2ページ目に下記の記述があって「あれっ⁈」と思ったのですが、 「残された時間を精一杯生きる」と、落ち着いた表情で語る豊田君と、私はブロックチェーンや暗号の数理を考え、エジプト式分数を一緒に計算し、古代ハンムラビ…